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【歴史館】東京報知機:日本初の火災報知機

コラム 2019/06/19 15:00

 触っちゃダメよ。と優しく諭されれば逆にそうしたくなる。腕白ざかりの年少者たちはこう考えるのだった。

 ジリリリリラララリリリリリィ―――――――。

 こらーーーっッ!!

 怒濤の声が遠くで聞こえてこようものなら「わーっ」と蜘蛛の子を散らすよう駆け出すのだった。物珍しさ。好奇心。もし、それが本当に。万が一だったら。とは凡そ頭の片隅にも及ばない。と、自責の念や若気の至りと過去を振り返るなら、嘗ての悪戯っ子(?)だった大人達も現代の若者を批判することは出来ないだろう。彼等にとって「魔性のボタン」と言えば響きは良いが実際には鳴らないことに越したことはない。

 生まれは大正時代初期。東京市の非常報知機の設置は消防を兼ねていた警視庁の夢であった。ただ、当時、同庁の年間予算に相当する金額が必要で、到底実現の見込みがなかったとされる。しかしながら、やはり民間の力は強い。ビジネスライクだったのか、それとも飽くなき情熱か。火災の未然防止とその損害を軽減することを目的とした一大プロジェクトは主に損害保険会社の賛同を得た。

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 共同出資により日本で最初の火災報知機メーカー「東京報知機株式会社」が1918年に設立され、翌々年には『MM式火災報知機』が日本橋区内に竣工された。開通式では当時の警視総監が発信機のガラスを破ってボタンを押し出動を命じる実演も行われたと記録されている。

 歓喜の声から1世紀。手動ですら画期的であったものは感知器やセンサーの発達により高度に自動化され、住宅だけでなく汎ゆる建築物の中に組み込まれている。日常生活の安全・安心を見守ってくれている訳である。

 ―どうか無闇に押されませんように、と願いながら。

※本記事は次代住宅専門誌 『月刊スマートハウス』 No.53に掲載したものより抜粋しています。

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