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【特集】河村電器産業 創業100周年:老舗分電盤メーカー誕生の軌跡

 電設資材業界において、奇抜な発想と戦略で関係者をアッと驚かせる。そのDNAは次の世代へ引き継がれ過去から現在、未来に向けて動き出す。電気の安全・安心を守って1世紀。河村電器産業の軌跡に迫る。

陶工が車掌に!? 電気エネの可能性を予見

 大正初期。当時、最先端の製陶技術を修得する為、ひとり京都に遊学へ向かった青年がいた。河村電器産業、創業者の河村鈴吉氏がその人である。氏は目的地に向かう市電に揺られ未来の日本の姿が見えたのかも知れない。
 世相を読み取る優れた嗅覚、と言うよりは勘、鋭い感性。コレだ。と思った事は直ぐに実行する性分だったのか、修行には行かず、車掌になってしまったという逸話が残されている。
 無論、今で言うところの“電車好き” ではなく飽くまで“次世代インフラ”に強く心を打たれた訳である。それまで陶工として窯元で日夜、土と向き合ってきた河村氏は一転、制服に身を包み近代的なサービスや時代感覚を身につけていったという。
 そして、とするか又もやとするか。数年のうちに閃きという転機が訪れる。「本業に立ち返ろう」と思ったのかもしれない。

―電気エネルギーの将来は可能性に満ち溢れている。これから様々なものが電気で動くようになるだろう。であれば、自身がこれまで培った焼物と融合は出来ないか―。

 モダンな環境で磨かれた若き情熱家の感性は京都に降り立った時と同じく、故郷である愛知県瀬戸市へと足を向かわせ、すぐさま同社の前身となる河村製陶所の創業に至ったのである。それは今から1世紀前。大正8年(1919年)のことだった。この瞬間から老舗企業は胎動を始めることになる。
 ちなみに、当時の電気事情は一般家庭でも電灯が普及、ラジオ放送が始まるなど浸透の真っ只中。時流を掴んでいたのは確かであった。そして、もうひとつ。絶縁のため使用された碍子類は陶器で製造されていた。日本遺産にも認定された「焼き物の町 瀬戸市」。ここに同社が根付いているのも偶然ではない。

卸販売から電気設備メーカーへ グローバル展開も加速
 
 その後の世界は言わずもがな。予見通り電気インフラは瞬く間に浸透した。当初の事業は絶縁材料や配線器具の卸販売だったが10年後には関連製品の製造を開始。混沌とした時代、戦中を乗り越え体制を整えていった。戦後復興期の60年代からは部材だけでなく、業界に先駆けたホーム分電函および分電盤、キュービクル式高圧受電設備等を相次ぎ開発・製造し基盤を構築。2000年代に入ってからは海外で生産工場や事務所の開設、タイの受配電機器製造会社を子会社化するなど中国やアジア圏を中心にグローバル企業へと歩みを加速させている。“長い歴史”と言えば味気ないが偶然と必然、成功と失敗を繰り返し年商500億円規模の大企業を生み出していった。

 では、其処に流れているものは何だったのか。優れた時代感覚だけではないだろう。過去から現在までの沿革について河村幸俊会長は「我が社は100年に渡り電路に対する機能を拡充してきた。そして、その時々のニーズ、問題や課題に寄り添った製品の提供をもって事業を行ってきた」と分析した上で「最も重要だったこと。創業者の頃から大事にしてきたのが『ヒト』の部分だった」と話している。

 創業当初は家族総出で事業にあたったというが、この絆ともいうべき感覚が企業内の人材育成・支援などに受け継がれているとする。電材業界に先駆けて『女性活躍』『働き方改革』の旗振り役に向かわせたのは同社ならではの精神と言えるかもしれない。
 創業者は青少年期、様々な事情から「丁稚奉公」に出され、家族、家庭的といったモノに願望をもっていたとされる。「事業をおこすときは従業員をひとつの家族というような想いが強くあったのだろう。それは、今の時代になっても、経営陣が変わってもその想いが、今も続いている。基本的には家族的な経営ということ、電気エネルギーの機能の追究が我が社のスタートからのコンセプトなのです」(同)。
 何処かギスギスした現代社会に於いて「家族的」と言えば懐かしい表現なのかも知れないが、水野一隆社長も「AI・IoTの発達など今はエネルギー社会の過渡期。一致団結で課題を乗り越えチャレンジしていく。このベースにはやはり『ヒト』が鍵となる」との想いを語っていた。

社会課題に応えるモノづくり 次の1世紀は何処へ向かう?

 汎ゆる思想、精神、考え方。企業の魂やDNAと呼ぶべきものが継承され一つの組織が100年もの年月を紡いできた。それは「体制」という意味だけではない。技術や製品へのアイデアや視点、着想も然りだ。文化と言ってもいいだろう。同社の製品史には時代の狭間で一風変わったモノが記録されているのをご存知だろうか。その一つが「ナベ・カマ類」である。電気分野への応用で磨き上げた製陶技術を活かした。戦時下の物資不足では金属類の統制が厳しく代用品として商品化されたと記されている。また戦後の燃料不足には通電すれば湯沸かしや煮炊きが行える「電熱盤」、漏電や火災事故が相次げば「電気火災警報器」といった商品を打ち出した。
 何故?と首を傾げたくなるが無論、電気エネルギーという枠組みや同社の持ちうる技術の応用である。だが、此処には「時代の問題や課題に挑む」というモノづくり精神それ自体が流れている。翻り近代では、創・蓄・省エネ市場の拡大には対応する分電盤、防災・減災対策には感震ブレーカー、近年では再配達問題にも目を向け板金・塗装技術を活かした宅配ボックス、作業員不足に省施工化を図った小型設計などなど。業界を「アッ」と驚かせる一方で理にかなった発想は過去から現在に通ずるものがある。
―我々の持っているノウハウや知識で社会に何か貢献出来ることはあるだろうか―。
 そう問い続けているのだという。老舗は常に新しい。その思想には一貫した思想が存在していた。次の世紀に向かっても其れは続いていくことだろう。

※本記事は次代住宅専門誌 『月刊スマートハウス』 No.54に掲載したものより抜粋しています。

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